くじら座ソーダ通信

主に読書(SFとミステリ)やアニメについて書きます。最近の読書感想は「漫才風読書感想」をやってます。カテゴリーから「漫才風読書感想」を選んで読んでみてください!

バック・トゥ・ザ・ベイカー

□第一章

私の名前はヱ藤新一、の同級生の賀東ルル。ヱ藤君を心から愛している。ヱ藤君とはまだ話したことはないけれど、教室ではいつも後ろから観察している。
そしてヱ藤君には高校生探偵としての一面もある。なんでも殺人事件などの難事件をその超人的な頭脳で、かなりの件数を解決してきている。その高校生探偵としての活躍は、私が新聞記事のスクラップからニュース番組の録画までしっかりと集めている。
もちろんヱ藤君が出かけるときは私も必ずあとをついて行く。さすがに、ただの女子高生なので遠方はムリだけど、ヱ藤君の外出は事件でも遊びでも必ず私があとをついて行く。ヱ藤君は高校生探偵のくせに私の尾行にはまったく気づかない。
今日もヱ藤君のために、情報集め頑張らないと。

ヱ藤君、今日はトロピカルランドでデートらしい。私という女の子がいながらデートとは恐れ入るわね。しかもお相手はあの猛利蘭!猛利蘭は、ヱ藤君とは幼なじみと自称している。幼なじみだとしても、いつもヱ藤君の隣りにいて忌々しい。目障りな猛利蘭め。しかし猛利蘭は空手部の主将らしく、表立って反抗することはできない。ウワサでは氷柱割りや電柱まで割ったことがあると聞いたことがある。さすがに氷柱は割れても電柱は割れないでしょ?そんなの人間技じゃない。でも強さは確かなようだ。ヱ藤君にべったりで、空手部に出ているところは見かけたことないけれど。だから私はヱ藤君と猛利蘭の間に割って入るのは、かなりの至難の業なのだ。重ね重ね腹の立つ猛利蘭。
ヱ藤君がトロピカルランドでデートということは、もちろん私もトロピカルランドへ向かった。

トロピカルランドは米花町に最近新しくできたアミューズメントパーク。オープニングからもう一年がたつみたいだけど、まだまだ人気は続いていて、平日でも人混みがすごいことになっている。
ヱ藤君は一時間前に入場していたらしいけど、見つけられるかしら。いや大丈夫。私にはドクから借りた発信器があるので。ヱ藤君のシューズには、昨日しっかりと発信器を仕込んだのだ。これをターゲット追跡コンタクトレンズに表示させれば、いつでも手に取るようにヱ藤君の動向を把握できる。今はジェットコースターに乗っているようね。
私は足早にトロピカルランドの名物ジェットコースター「ミステリーコースター」に向かった。

ジェットコースター乗り場についた私は、すごい人だかり驚いた。警察がジェットコースター付近を封鎖しているのだ。なんだろう?事件でも起こったのか?
野次馬の声に耳をすませてみると、どうやらジェットコースター内で殺人事件があったようだ。しかも被害者のクビが宙を舞ったとか。ジェットコースターの乗客がクビ切り?そんな事件が普通起こるものなのか?殺人を犯すにしても、もっとマシな手段があるだろうに。本当に殺人事件なのか?事故ではないのか?
しかしここは米花町。あらゆる犯罪が起こる町なのだ。
ジェットコースター付近は封鎖されているので、ヱ藤君の活躍は観察したいけれども、今はどうやら待つしかなさそうだ。

一時間後、どうやら犯人は逮捕されたようだ。警察の規制線も解除された様子だ。もちろん犯人を追いつめたのは私のヱ藤君!やっぱりかっこいい。さすが高校生探偵。
ヱ藤君たちもジェットコースター乗り場から出てきた。推理を終えて満足気な顔のヱ藤君もかっこいい。隣の猛利蘭は完全にジャマだけども。
私はヱ藤君たちの後ろにつこうと駆け足になった。しかしそのとき、横から来た大男にぶつかった。
「すいません」
私は咄嗟に謝った。しかし大男は無視して行ってしまった。大男は、アミューズメントパークには似つかわしくない男二人組で、二人とも黒いコートに黒いハットの黒ずくめだった。どうやらこの二人組も殺人事件のジェットコースターに同乗していたらしい。この二人も警察に留め置かれていたのか。
「大男二人で遊園地?妙だな」
私は疑念に思った。けれども、一応は警察から解放されているので犯人ではなかったのだろう。こんな凶悪な顔面の二人組なのに。
それよりもヱ藤君だ。ヱ藤君を追いかけなくては!

私がヱ藤君に追いついたとき、ヱ藤君は一人で行動していた。猛利蘭はどこへ行ったんだ?猛利蘭とケンカ別れでもしたのか?
「それなら好都合なんだけどな。私がヱ藤君とお近づきになるチャンス到来!」
と独りごちている間に、ヱ藤君は薄暗い建物の裏手に入っていった。
さすがにあんなところに私も入っていったら、ヱ藤君と鉢合わせしてしまうか。どうすればいいだろ?
すると今度はあのさっきぶつかってきた黒ずくめの大男の一人が裏手に入っていった。しかもバットを持って!
まずい。なにか良からぬことが起こりそうな予感がする。でも私が入っていって、どうなるのか?どうする?さっきの現場に戻って警察を呼ぶか?
色々と判断に迷っていた次の瞬間、黒ずくめの大男たちが裏手から出てきて走り去った。
「あいつら!なに?ヱ藤君は?」
ヱ藤君は無事なのか?私は走ってヱ藤君のもとに向かった。

ヱ藤君は地面に倒れていた!どうやら殴られて気絶しているよう。あの黒ずくめの大男たちにやられたのか?横に鉄パイプのような黒い金属バットが落ちている。これで殴られたのか?しかしなぜ遊園地にバットがあるんだ?あの大男、どうやって園内にこんな物騒なものを持ち込んだ?
私は混乱しながらヱ藤君を抱き上げる。熱い!ヱ藤君の体温がどんどん上がっている!なぜこんなに高温に?殴られて気絶しているだけのはずなのに。こんなに体温が上がって大丈夫なのか?
するとヱ藤君から湯気のようなものが立ちはじめる。ヱ藤君は苦しそうに悶絶している。
「ヱ藤君!ヱ藤君!」
私は意識の混濁したヱ藤君の肩を揺さぶって叫んだ。

私は目の前の現象に正気を疑った。私の腕の中のヱ藤君が見る見る縮んていったのだ!
「なに、これ?」
現実とは思えない。なんとヱ藤君はどんどん小さくなって、ついには子供の姿になっていた!小学低学年くらいの体格に縮んだヱ藤君を眺めたまま、私は混乱した。
「これはこれでカワイイかも」
一瞬ヱ藤君の少年顔に見とれたが、そうは言っていられない。なんとかブカブカになった服を幼くなった身体に掛けてあげた。
そのとき、トロピカルランドの警備員の声が遠くから聞こえてきた。私は咄嗟に近くの茂みに身を隠した。
警備員は怪しげにヱ藤君を調べはじめた。
まずい。よく分からないけど、子供になったヱ藤君がこのまま連れて行かれて警察に保護とかされたら、まずい気がする。なんとかしないと。
「私の弟なんです!すいません!探していたんです!迷子になっていて」
私は茂みから飛び出し、適当な言葉を並べた。警備員は不審そうにしながらも、小さな子供を私に託した。私はヱ藤君を園外へ連れ出した。

さて気絶したリトルヱ藤君をどこに連れて行くのがよいか。大問題である。まさか身分証明のない男の子を女子高生が秘密に世話をするわけにはいかない。さすがに好きな相手でも、そんなわけにはいかない。
そこで私はひらめいた!
「ここはドクしかないね」
ドクとは、この米花町で発明家をしている五十がらみの独身のオジサンである。いつも同じ白衣を着て怪しげな発明品を量産しているが、たまに魔法と見間違うような超科学な発明を出してきたりもする。それで本当に生活ができているのかは謎だけど、生活しているので大丈夫なのだろう。怪しげな発明家だが、性格は明るくて信頼できる大人だ。私とは、ひょんなことから歳の離れた親友のような不思議な関係になっている。それがドクである。

「ドク!ドク!大変だよ」
ヱ藤君を背負ったままの私はドクの家の前で叫んだ。
「ルル君!どうしたんじゃ!」
ドクはあわててヱ藤君を抱えた。
私はしどろもどろになりながらも事態を説明した。
「とりあえず新一はワシの家の隣の屋敷に運ぶんじゃ!ルル君はワシの部屋で休んでいるんじゃ」

一時間以上も私はドクの部屋で休んでいた。いくら子供の姿とはいえ、ヱ藤君を背負ったまま市内を縦断してきたのだ。疲れてウトウトしてしまっていた。しかしヱ藤君がどうなったのか気が気でない。
そのとき、ドクが部屋に入ってきた。
「ルル君。とりあえず新一はもう大丈夫じゃ。新一は目覚めてしっかりしとるし、この先のことも一応話はついた」
「話がついた?」
「大丈夫じゃ。あそこの人たちに任せておけば。安心しなさい。それよりもルル君。君に頼みたいことがあるんじゃ」
「頼み?」
「そうじゃ。とりあえず車庫に来てくれ」
私は不審に思いながらもドクについて車庫に向かった。

車庫にはいつものドクの愛車、フォルクスワーゲンの黄色いビートルが停まっていた。
「いつもの車がどうしたの?」
「いやいや、その隣じゃよ」
黄色いビートルの隣には、カバーがかかっているが同じくビートルのようなシルエットの車が停まっていた。新しくもう一台ビートルを買ったのだろうか?するとドクは車のカバーを一気にはがし取った。
そこにはやはり同じくビートルが停まっていた。しかし目を惹くのはそのボディだ。そのビートルはおなじみの黄色ではなく、ステンレス製の銀色のボディだった。
「なにこれ!」
「ワシの特製のビートリアンじゃよ」
「ビートリアン?」
「そうじゃ!かっこいいじゃろ?しかしかっこいいのは見た目だけじゃないぞ!とりあえず中に入ってみよう」
私は半信半疑な面持ちで助手席に乗り込んだ。
ビートリアンの車内は普通の車の装備ももちろんった。だが、それ以外にもコードやパネルなど何に使われるのか分からない機械が無数に取り付けられていた。
「とりあえず出すぞ」
ドクはエンジンをかけてビートリアンを発進させた。いつもの軽快な加速が体に感じられた。
「これだけじゃないぞ。そりゃ」
「うわあ」
走行中の車内の揺れが急になくなって、妙な浮遊感に変わった。いや、本当に浮遊しているのだ!ビートリアンは空を飛んでいる!私は驚嘆した!
「空飛ぶ車?」
「いやまだまだじゃよ!ほかにも機能があるんじゃ」
ドクはパネルを触りはじめた。デジタルのカレンダーのようなパネルの付いた機械だ。そこに数字を打ち込んでいる。
「ルル君!揺れるので覚悟するんじゃぞ」
そのとき空中のビートリアンは急加速した。
「時速88マイルまで出すぞ」
「うっ、すごい加速!ってかなんでマイルなんだよぉ」
「すまん。88マイルは、時速141キロじゃ」
そのときビートリアンはすごい光に包まれて、私は目を開けることができなかった。

「ルル君、大丈夫か?」
私はうっすらと目を開けた。
「窓の外を見てみるんじゃ」
私は目を疑った。そこには草原が広がっていた。しかしそれだけではない。人がいる。ただの人ではない。原始人?原始人みたいな人たちが竪穴式住居で暮らしている!
「なに、これ?」
縄文時代じゃよ。ちょうど現代から3000年前の世界じゃ。つまりこのビートリアンはタイムマシンなんじゃよ!」
「タイムマシン?そんな!」
現実離れした言葉に理解が追いつかなかった。タイムマシン。あの時間を飛び越えて過去や未来に時間旅行をする装置。そんなバカな。いくらドクでもそんなことが?いやドクはやってのけたのだ!
「ドク!すごいよ!大発明じゃない!」
「そうじゃ、すごいじゃろ。さすがワシ、大発明家じゃわい!わっはっは」
ドクは上機嫌になった。よっぽど自慢したかったのだろう。
「ではそろそろ現代に帰るとするか」
ビートリアンは再び光に包まれた。

ドクの車庫に収まったビートリアンは、まだステンレス製ボディにドライアイスのようなものが付いていて白い水蒸気も上がっている。
ドクはビートリアンから降りるなり、私に話を切り出した。
「それでルル君への頼みなんじゃが」
そういえばビートリアンに乗る前に「頼みたいことがある」と言っていた。
「このタイムマシンで過去のトロピカルランドへ行ってほしいんじゃ。そして新一を助けてくれ」
「ヱ藤君を?」
「そう。新一が子供化したのは、どうやら未知の薬品を飲まされたようなんじゃ。ワシもこちらでその解毒剤を作ろうと思ってはおる。しかしなかなか難しそうでのう。万一のことを考えて、タイムトラベルでその原因から取り除いてほしいんじゃ」
「つまりトロピカルランドでのあの出来事を私が阻止する、ってこと?」
「そうじゃ。しかしワシは今、手を離すことができない。ゆえに、ルル君に頼みたいんじゃ」
「私一人で?無理無理!できるわけないじゃない」
「頼めるのはルル君だけなんじゃ」
「でも」
「大丈夫。ビートリアンにはワシの発明品も積んである。大船に乗ったつもりで行くんじゃ」
「その大船が怖いんだって」
「さぁ乗った乗った。頼んだぞ、ルル君!」
ドクはオートドライブを設定して、強引にドアを閉めた。
「え?ちょっと待ってー」
ビートリアンはオートで空中を走り、そのまま光に包まれた。ビートリアンと私は時間を跳躍していった。



□第二章

空に稲光のようなものが走り、何もない空間から車が突然現れた。車は翼もないのに滑空するように空を渡っていき、近くの空き地に着陸した。
「ここは!本当に半日前の過去の世界なの?」
私はまだ半信半疑だった。タイムトラベル?本当に荒唐無稽な話だ。しかしヱ藤君は助けたい。やることをやろうと覚悟を決めた。
「よし、やるか!よし!やってやる!まずはドクが言っていた後部座席の発明品を探そう。役に立つアイテムがあればいいけど」
私はビートリアンの後部座席へ頭を突っ込んだ。後部座席はガラクタのようにしか見えない発明品が山になっていた。
「なんだこれ?どれが役に立つものなんだ?」
まったく用途不明の山の中から、とりあえず野球ボールのようなものをつかみ取った。
「ボールなら、相手に投げると何か発明のシステムが動き出して敵を倒せるとかあるよね?ドクなら何か仕掛けがあるはず。よく使い方も分かんないけど。よしオッケー、トロピカルランドへ向かう」
私は急いで米花市舞濱町に走った。

トロピカルランドに到着した私は作戦を考えた。ヱ藤君の襲撃を防ぐためには、まずあの犯人をどうにかしなければならない。
「まずはあの黒ずくめの大男たちを探すしかない」
たしかあのとき、ジェットコースターで殺人事件が起こっていた。そしてあの大男たちも殺人現場に居合わせていた。大の大人が男二人並んでジェットコースターというのも不思議だが。とりあえず二人は警察によってあの場に置き留められていた。
「つまりジェットコースターに行けば、あいつらがいる!」
私は確信してジェットコースターへの歩みを早めた。

ジェットコースターは今ちょうど警察の規制線が解かれたところだった。
「ふー到着。ナイスタイミングで関係者が出てきたわ。あっヱ藤君!やっぱりヱ藤君かっこいい。ヱ藤君は私が守護るわ!」
ヱ藤君に見とれていた私の肩に人がぶつかった。
「おっと失礼」
渋い声の男の人。と思って顔を上げたら黒ずくめの大男の一人だった!体格がゴツくて顔が四角でサングラスのほう!こんな渋い声だったのかい!
「すいません。ぼーっとしてて。ははは」
「気をつけな。嬢ちゃん」
なんとか誤魔化して距離を取った。危なかったー。いきなり大男に最接近してしまった。
「ヴォトカ。何をしている?」
「へい、すいません!ドライ・ジンの兄貴!」
大男二人が呼び合っている。なんなんだこいつら?あだ名で呼び合ってるのか?いい年して。ヴォトカとドライ・ジンとかお酒の名前をニックネームにしている。しかもこんな遊園地に大の大人の二人組で来ている。二人とも黒ずくめの服装だし。なにかのオフ会だろうか?
「どう見ても普通の人じゃないわね」
ヴォトカと呼ばれた方もはじめは渋い声だと思ったけど、よく聞いてみると、しゃべり方はまるでダメなおっさんだし!
ドライ・ジンと呼ばれたほうも長髪でキザったらしい。一見、人殺しのような冷たい目をしているが、私からすると昔の女の裸を想像しているような目だ!何がドライか、このムッツリ野郎め!

などと考えているうちに、距離が離れてしまった。急いで適度な距離で追いかけないと。尾行は私の得意技だ。
やっと追いつくと、何やら二人は話し合っている。どうやら別行動をとるようだ。これはまずい。どちらを尾行すべきか?
「あの長髪のほうが危険な目かな?何かやりそうな気がする。しかも偉そうなわりには杜撰な仕事で隙がありそうな顔だ。お前にするわ、ムッツリ・ジン!」

私はジンの尾行を続けた。はたしてどこで勝負をかけるか?そしてこのボールで犯行を止められるのか?やってみなければ分からない。やるしかない。
そしてそのジンはというと一人で喫煙所に行って、加熱式タバコの煙をくゆらせている。加熱式タバコを使っているとか、新しいもの好きなのか?いかにもヘビースモーカーみたいな顔をしているくせに。加熱式タバコの「蒸気を吸って上機嫌」ってか?
バカなことを考えている間にジンは行ってしまった。あわてて私は追いかける。ジンはもうすでにヱ藤君の襲撃現場への路地に向かっていた。
「まずい」
鉄パイプは持っていないようだが、現場へ行かれるとヱ藤君は子供になってしまう。急げ、私!
私は焦ってドクの発明品である野球ボールを出した。ジンはもう路地への角を曲がろうとしている。私はボールを全力で投げた!
「なんとかなれー!」
しかしその瞬間、通りすがったトロピカルランドのキャラクターであるトロッピーに後ろからぶつかられた。私はバランスを崩した。タイミングを乱された投球はジンには届かずに手前の地面にバウンドした。私も勢い余って地面に手をついた。そのとき、バウンドしたボールは何か発明ギミックのスイッチが入ったようで、突然細長く膨らみだした。一メートルくらいに膨らんだところで硬化して、なんと金属バットのような黒い鉄パイプになった!
「なんで?」
そういえばドクが前に言っていた発明自慢を思い出した。

「ルル君、見てくれ。この新しい発明品を。これはボール型鉄パイプじゃ!野球ボールのここのボタンを押すと、一瞬にしてボールが金属バットのよう黒い鉄パイプになるんじゃ!」
「え?鉄パイプ?鉄パイプを携帯できるってこと?でもそんなもの携帯して、どこで使うのよ」
「なんと。それは気づかなんだわい!わっはっは」
「そんな変形する鉄パイプなんて工事現場では使えないし、凶器にしか使えない。凶器なんて絶対に面倒な場面になるでしょ!」
「それもそうじゃな。わっはっは」

「あーあれかー」
私は頭を抱えた。たしかに面倒なことになっている。
ジンは転がってきた鉄パイプを見つけて「なぜこんなところに、こんなものが?だがこれは好都合だ」と鉄パイプを拾い上げて、路地に消えて行った。
私は倒れた痛みで立ち上がれなかった。ひどい怪我ではなさそうだが、ひざと手を強く打ちつけてしまった。痛い。涙もこぼれかけた。
そしてヱ藤君のうめき声が路地から聞こえてきた気がした。



□第三章

トロピカルランドの上空に稲光のような輝きと轟音が響いた。再度タイムトラベルしてきたビートリアンはそのまま直接トロピカルランドの駐車場に舞い降りた。周りなんて気にしてられない。
さっきは完全にヱ藤君を助けることに失敗した。ヱ藤君のうめき声が耳に残って離れない。次こそは私がヱ藤君を助けなければ!
私は深呼吸をして気持ちを落ち着け、ビートリアンの後部座席を見る。さっきは、とんだガラクタをつかまされた。おかげでヱ藤君を殴った鉄パイプを私がジンに提供してしまった。
「次こそは強力な発明品を持って行かなくてはならないよ。ドク、頼むよ」
そのとき、最強の武器が目についた!
「これだ!」
それはドクが「麻酔銃型麻酔銃」と言って自慢していたシロモノだ。
小型の麻酔銃で、ドク曰く「発射される麻酔針には、ゾウでも三十分は眠る麻酔」が仕込まれているらしい。でも対人用ということだ。麻酔針も発射後には自然に還って消えるらしい。こんな物騒なものをドクは何の目的で発明したんだろう?謎だ。
しかも麻酔銃といえば麻酔銃型しかないと思うけど、なぜ「麻酔銃型麻酔銃」なのか?まるで時計かなにかにカモフラージュさせた麻酔銃があるような言い方だけど。
対人用って言っていたけど、こんなのを人に向かって使う場面はあるのだろうか?もし同じ人に何度も撃ったとしたら、その人はジャンキーになってしまうのではないかと危惧してしまう。
非人道的でありそうもない仮定の心配は置いておいて、私は麻酔銃型麻酔銃をバッグに入れた。比較的小ぶりなので、これでなんとか園内に持ち込めそうだ。
あと数個の細かな発明品もバッグに適当に押し込んだ。
私は完璧な成功を確信して、園内に向かった。

入園してはじめに向かうのは「トロッピーの家」だ。トロピカルランドのメインキャラクターであるトロッピーと記念写真が撮れる「ミート・トロッピー」のアトラクションがある場所だ。
私は布マスクとサングラスで身元が分からないように変装して、アトラクションに入っていった。ラッキーなことにお客さんは誰もいなかったので、すぐにトロッピーに会えた。
部屋に入ると私は即座に行動した。装着していた「パンチ力増強キーパーグローブ」で、係員の首筋をトンッして気絶させた。そしてキーパーグローブを素早く外して、麻酔銃型麻酔銃を構えノータイムでトロッピーをヤった。ヱ藤君を守護るためには手段を選ばない、私はもう覚悟が決まっているのだ!
ひと仕事を終えても休んではいられない。トロッピーの着ぐるみを何とかはがし取って、園のキャストの皆さんにはドクの発明品「伸縮式パーカー紐」で縛られていただいた。そしてトロッピーの抜け殻を装着した私は、トロッピーの家をあとにした。

トロッピーとなった私はヱ藤君の襲撃現場に急いだ。
「それにしても着ぐるみって暑いな。クラクラするよ」
フラフラになった私は考えた。
「このトロッピーで変装したままジンに最大限まで接近する。そして麻酔銃をぶっ放してやる!あのムッツリ顔を永遠に眠らせてやるわ!私のヱ藤君は絶対に守護る!ジンには二度とムッツリできない身体にしてやる」
ぶつぶつ恨み言をつぶやきながら歩いていると、ドンと通行人にぶつかってしまった。
倒れた女の子に目を向ける。その子はいかにもネクラなのにプライドと独占欲が高そうで嫉妬深く、完璧主義で行動力はあるのにドンくさそう、まるでストーカーのような女の子。そう私だ!賀東ルル!私が当たって倒れたのは過去の私だったのだ!
過去の私の手からこぼれたボールがコロコロと転がった。そしてそれは次の瞬間に鉄パイプに変形した。鉄パイプの先にはもちろんジンが立っている。鉄パイプが落ちているのを発見したジンは「これは使える」とばかりに拾い上げてしまった。
「なんでー!」
私だ!原因は私!私が失敗したのは私のせいだった!私のせいは私のせいだけど、今の私のせいだった!
「やばいやばい!」
あせった私はジンを追いかけて話しかけてしまった。
「なんだ?」
ジンはトロッピーを不審げに見た。
「ハハッ」
私は咄嗟に「布マスク型変声機」のスイッチを入れていた。ナイス判断!
「ハハッ、その鉄パイプはボクのだよ、ハハッ!返してくれないかな、ハハッ!」
「そうなのか。悪かったな、トロッピー」
ジンは素直に返却に応じた。
なぜトロッピーが鉄パイプの所有権を主張したのか、そしてジンがなぜトロッピーに優しかったのかは謎だが、鉄パイプは無事に回収した。私は安堵した。
「これでヱ藤君が襲われる歴史は変わったわね」

人心地ついたトロッピー。もとい私は、ふと路地のほうを見た。ジンがまだ現場に向かって歩いている。
「あれ?」
ジンは懐から携帯可能の特殊警棒を取り出し、伸ばしていた。
「えー!まずいまずい!」
歴史は変わっていなかったんだ。歴史の細部は鉄パイプから警棒に変わったが、ヱ藤君が襲われるという歴史の大きな流れは変わっていなかったのだ!
「なんで?やばいやばい」
トロッピーは目を血走らせて走った。ジンに追いすがった。もう何も構っていられない。周りも気にせずに麻酔銃型麻酔銃を構えた。
「なんとかなれー!」
トロッピーは麻酔銃を放った。ジンの腕のあたりを狙った麻酔針は予想どおりのコースを進んだ。だがしかしジンは警棒を持った腕を振り上げた。麻酔針はジンの脇をすり抜け、ヱ藤君に命中した。ヱ藤君は力をなくし崩れ落ちた。ジンの警棒はヱ藤君をかすっただけだった。

「ヱ藤君をヤったのは、私だった」
混乱した私は何もできなくなった。私がヱ藤君を撃ってしまった。思考ができずボーっとヱ藤君を見つめる。倒れたヱ藤君はジンに何か薬を飲まされ、その後に子供化し、ヱ藤君は過去の私に介抱されて連れ出されていった。
私は意識もはっきりしないまま、現代の米花町に帰った。



□最終章

現代の米花町に戻ってきた私は、無意識にビートリアンを運転してドクの車庫に帰ってきた。
「ドク……」
「おおルル君!帰ってきたか!ビートリアンでのタイムトラベルはどうじゃった?」
「それが……」
私は混乱しながらも事情を説明した。
「うんうん、そうじゃろう。よく頑張ってくれたわい」
私はやっとトロッピーの着ぐるみを脱いだ。
「ワシからも話があるんじゃ」
ドクは申し訳なさそうに話し出した。
「ルル君がビートリアンで出かけている間にワシのほうでも色々と計算していたんじゃが、どうやらこれはそうそう簡単には解決しない問題のようなんじゃよ」
私は黙って聞いた。
「ここにあるのはワシの友人の青山博士の論文じゃ。ここにゴウショウ理論と書いてあるじゃろ?このゴウショウ理論で計算してみたところ、今回の問題はメタ時間流で三十年以上を費やしても解決しない問題だということが判明したんじゃ」
「メタ時間流?」
「そうじゃ。メタ時間流というのは、ルル君がやってくれたタイムトラベルで行き来した時間のさらに上位を流れている時間なんじゃ。ゴウショウ理論のメタ時間流では特殊な単位を使うんじゃが、百巻以上も千話以上もかけても、この問題は終わらないらしいんじゃよ。しかもワシらの時間の流れも捻じ曲げてしまう性質があってのう。ワシらの約半年が歪んで進んでしまうらしいんじゃ」
「難しすぎて頭に入ってこないわ」
「そうじゃろうそうじゃろう。まずはココアでも飲んで落ち着きなさい」
「ありがとう。ふぅ」

「とりあえず、今回のタイムトラベルは解決しない難題だったということじゃ。すまんのう、妙なことに巻き込んでしまって」
「ヱ藤君はどうなるんだろう?」
「大丈夫じゃ。新一は強い子じゃ。本人が道を切り拓くじゃろう」
「そうか。ヱ藤君を信じるわ」
「うむ」
私は少し落ちついてきた。もう頭を使いたくはない。軽い雑談でリラックスすることにした。
「ところで今さらだけど、ドク?ドクのあだ名の『ドク』ってドクターから来てるわけじゃないって聞いたけど?どういう由来でドクって呼ばれてるの?」
「それはなぁ……」
そのとき私はリラックスできてきたのか、だんだんとまぶたが重くなってきていた。
「眠気が来たんじゃな。疲れが溜まっとるんじゃろ。よーく眠るんじゃ。ココアは効くぞ。記憶をなくすほどに、よーく眠るといい」
頭がボーっとしてくる。
「それと『ドク』の由来じゃがな。ワシの昔からの仲間が皆コードネームで呼び合うという遊びをやっていてな。皆、酒好きで酒の名前で呼び合っていたんじゃ。ワシは、コードネーム『毒酒』。略して『ドク』だったんじゃよ」
私は深い眠りに落ちていった。