くじら座ソーダ通信

主に読書(SFとミステリ)やアニメについて書きます。最近の読書感想は「漫才風読書感想」をやってます。カテゴリーから「漫才風読書感想」を選んで読んでみてください!

「徳を積む」

 早朝の寺院。ここは南大阪府内でもとくに有名な寺院、二天王寺。南大阪府大阪市天王寺区という大都会にありながら広大な境内を抱えた寺院である。普段のこの時間には静謐な空気の流れているはずの境内も、今日は騒がしい。警察が規制線を張って捜査を開始しているのだ。

 そこへ二人の男が現れた。一人は黒いコートを羽織り眼鏡とオールバックで知的な印象のある中年男性。もう一人はカーキ色のジャンパーに短髪という活発な印象の中年男性だ。

 二人が規制線の中へと入ってきた。

「おいおい、今日は勅命係には用はないよ。ただの事故事故」

 二人に向かって捜査中の刑事が悪態をついた。

「おはようございます。尼崎刑事」二人組のうち知的なほうの男が言った。

「そんなこと言うなよ、尼崎刑事。俺たち南大阪府警・捜査一課・勅命係、被害者の顔見知りよ。関係者なのよ」活発なほうの男が軽い調子で言う。

「そういうことです。被害者は鶴山君が以前職務質問をしたことのある女性だということです。そのことを鶴山君が上に相談したら、捜査するようにとの勅命がくだりました」

「そういうことですよね!右京さん!」鶴山が調子よく合わせる。

「ということで、尼崎刑事。説明お願いいたします」

「はいはい、分かりましたよ。小松右京警部殿」

 

 二人は境内の広場の中心部分にたどり着いた。そこには一人の女性が倒れている。

「ガイシャは、朝倉美弥。十七歳。一応、高校生とのこと」尼崎が説明した。

「その『一応』というのは?」

「朝倉はほとんど高校には登校していなかった。夜型の生活をして、夜はバイクで走り回っていたということだ」

「いわゆる『走り屋』ということですね」鶴山が小松に確認する。

「どうやらそのようです」

小松は遺体の隣を指さしながら言った。そこには大型のバイクが転がっていた。

「ここでこの大型バイクを乗り回していたのでしょう。境内の砂利にもタイヤ痕がしっかりと付いています。ほらこのように真っ直ぐと」

「そしてここで転倒して事故死。どう考えても事故で捜査は終了!」尼崎は軽々しく言い放つ。

「でも妙ですねぇ?なぜわざわざこんな寺の境内にまで乗り入れてバイクを乗り回す必要があったのか?」小松は人差し指を立てながら疑問を呈した。

「よっぽどお寺が好きだったんでしょうか!」鶴山が能天気に応えた。

「鶴山君が彼女を職務質問したというときも彼女はバイクに乗っていたのですか?」

「はい。そうですね。同じようなHONDAの大型バイクでした。でも至って安全運転はしていました。でもキョロキョロ何かを探している様子だったんで、職質というか話しかけたんです。やはりどこかお寺を探していると言っていましたね!お寺でバイクをかっ飛ばすのが好きだったんですよ!」

「そんな奴いるか?」尼崎が苦言を呈した。

「とりあえず事情を知っていそうな人物に当たってみましょう。行きましょう、鶴山君」小松はそう言うと鶴山を引き連れて出ていく。

「いてっ」急ぎ足の鶴山は何かに足を引っ掛ける。

「右京さん!」

「おやおや、鶴山君。これは……ハンドルのようですねぇ」

「どうしてこんなところに?」

「なるほど、鑑識に回しておきましょう。行きますよ」

「右京さん、待ってくださぁい」

 

 

 勅命係の二人は南大阪府の岸貝市まで来ていた。ここに朝倉美弥と親密だった男性がいるという。

「右京さん!ここですよ!このお寺です。この海泉寺の副住職、小半了円が生前の朝倉美弥と懇意にしていたという男です。25歳でお寺の仕事をすべて取り仕切っていて、門徒たちの評判も悪くないようです」

「不信なところはないようですね。では行ってみましょう」

 二人は山門をくぐり境内に入った。

 そこには坊主の若い男が境内をほうきで掃き掃除していた。そのとき、熱心に掃除をしていたので気付かなかったのか、腰から下げていた小さな物を地面に落とした。鶴山は即座に拾い若い男に返した。

「落としましたよ、御守り」

「ありがとうございます」

「小半了円さんですか?我々こういう者です」鶴山は警察手帳を提示した。

「南大阪府警・捜査一課・勅命係の鶴山と」

「小松です」

二人は軽く会釈をした。

「うかがっております。わざわざありがとうございます。海泉寺の副住職の小半了円です」了円は合掌し深々と頭を下げた。

「早速、朝倉美弥さんのことなんですが。お二人はどこでお知り合いになられたのでしょう?」鶴山は早々に切り出した。

「美弥とは、この当山の前の道で出会いました」

 了円は続けた。

「一年ほど前のことです。深夜に外で大きな音がしたので、私は前の道へ様子を見に行きました。すると彼女が倒れていたんです。どうやらバイクでこけたようでした」

「それで救護をなさったんですね?」小松が尋ねる。

「そうです。彼女は走り屋をしていました。その日は一人で走っていたようですが。前を野良猫が横切ったとかで、ハンドルを切って倒れたようでした。頭は打っていなかったようですが、すべって酷い擦り傷だったので、本堂に上がってもらって治療しました」

「警察へは通報しなかったのでしょうか?」小松が問うた。

「彼女が嫌がったので、しませんでした。申し訳ありません」

「いえいえ。自損事故ですし、問題ないでしょう」

「それでそこから懇意になったってわけだ?」鶴山が無遠慮に切り込んだ。

「懇意といわれればそうですが。半年くらいで定期的に会う関係にはなっていました。そして私から想いは伝えました。しかし彼女は、待ってほしいと」

「おやおや、彼女もあなたのことを想っていたのではありませんか?」

「私もそう感じていましたが。私がお願いしていた、走り屋も辞めてくれていましたし。しかし『まだあなたの隣には立てない』と」

「なるほど。しかしそれは妙ですねぇ。美弥さんは走り屋を辞めていた。なのに今回、二天王寺でバイクで暴走行為をしていた。これはどういうことでしょう?」小松は疑問を投げかけた。

「分かりません。彼女は更生したんです。そんなことするはずないんです。私のことを知りたいと一緒にいろいろな寺院を回ったり、勉強したりもしていました」

「なるほど。たとえば現場の二天王寺にもご一緒に行かれたりは?」

「ええ、たしか一ヶ月ほど前に。いろいろとお寺のことを聞かれたので教えたりしましたよ。熱心に聞いてくれていました」

「では美弥さんが誰かに恨まれているといったようなことは?」鶴山が尋ねる。

「彼女の過去のことは分かりません。しかし彼女は真面目になったんです!それがあんな暴走行為をするはずがないんです!信じてください!」了円は語調を荒らげた。

「すいません。興奮しすぎてしまいました。しかし何かがおかしいんです。刑事さん、どうか真相を突き止めてください」了円はすがるように言った。

「分かりました。もう少し調べてみることにしましょう」

小松はそう言うと、鶴山を連れて海泉寺を後にした。

 

「右京さん、どういうことでしょう?美弥はあの了円の想いを知ってバイクを辞めていた。なのに二天王寺で暴走行為の末に亡くなった。これは本当に事故?いや誰かにそそのかされて?」

「鶴山君、彼女のことをもっと調べる必要がありそうです。行きましょう」

「次はどこへ行くんですか?待ってくださぁい!」

鶴山は走って小松を追いかけた。

 

 

 ここは南大阪府南泉州市にある私立泉南学園。朝倉美弥の通っていた高校である。勅命係の二人は、その校門前に停めた車の前で下校中の生徒たちを見ていた。

「あの娘です。行きましょう」鶴山は小走りで駆け出した。

 鶴山は一人の女子高生に話しかけた。

「ちょっといいかな?」

「なに?オッサンたち?誰?警察呼ぶよ?」

「俺たちがその警察。ちょっと話を聞かせてもらえるかな?」

鶴山は警察手帳を掲げた。

「朝倉美弥さんのお友達だよね?ちょっとそのことで聞きたいことがあって。そこのファミレスまでお願いできる?青木リオさん」

 

 そしてファミリーレストランの店内。勅命係の二人はムスッとした表情の青木リオと向き合っている。

「ほら、好きなの頼んでいいから。もっとリラックスしてよ」

「うざっ」リオは茶色に染めた髪をいじりながら目も合わさず言った。

「一ついいでしょうか?」小松が張り詰めた空気を破った。

「あなたのそのカバンに付けているキーホルダー、HONDAのロゴですね?美弥さんのバイクもHONDA。そして美弥さんのバイクのキーには御守りなどたくさん付いていましたが、そのなかに同じキーホルダーが付いていました。恐らくお揃いにしたのでしょう?かなり意気投合していたのではありませんか?」

「まぁそうだけど」リオは不承不承で答えた。

「ならばその美弥さんのためにもご協力ください」

「分かったよ。それで何が聞きたいの?」

「はい。美弥さんは一年前、バイクを突然辞めてしまった。そのきっかけが気になっているんです」

「ハッキリ言いなよ。走り屋ね、走り屋。走り屋はきっぱり辞めた。美弥から突然言い出されてね。びっくりしたけど。美弥ももっと熱中するものを見つけたってこと」

「それは想い人ができたということですね?」

「なんだ、知ってるのか。そう。その男を振り向かせるために何かいろいろしてたみたいよ」

「その何かというのは具体的に?」

「よく分かんないけど『車で積むとあの人に並べる』とか言ってたなー」

「車で積む、とは?」鶴山が尋ねた。

「さぁ?配送トラックの仕分けのバイトでもしてたのかな」

そう言うとリオはおもむろに立ち上がった。

「さぁあたしも忙しいんだ。もういいでしょ?」

「では最後に一つだけ」小松は人差し指を立てながらリオのほうを向いた。

「まだ何かぁ?」

「美弥さんがあなたと最後に会ったとき、こんなことをおっしゃっていませんでしたか?徳を積むんだ、と」

リオは驚いた顔で答えた。

「ああたしかに!言ってた!そう、徳!何のことか分からなかったけど。たしかに目をキラキラさせて言ってたよ」

「ありがとうございます」小松が礼を言って、その場は解散となった。

 

 

 南大阪府警本部の捜査一課の部屋の奥まったところに勅命係の執務室はある。執務室といっても粗末な小部屋しか充てがわれていない。勅命係とはいえども普段は異端の捜査ばかりしているので窓際に追いやられているのだ。

「ヒマか?」

組織犯罪対策第五課の丸田課長が気安い表情で勅命係の部屋に入ってきた。

「ヒマじゃないですよー」

鶴山が応対する。

「例の二天王寺の事件が煮詰まってきてまして」

「あれはバイクの暴走行為の自損事故で解決したんじゃないの?」

「それが右京さんがまだ何か気になってるみたいで」

「そろそろ鑑定の結果が出てくるはずなんですけどねぇ?お、ウワサをすれば」

そこへ鑑識課の汎沢が小走りでやってきた。

「お待たせしました。右京さんの言う通りでした。このハンドル!」

「あ、俺が現場でつまづいたハンドル!」鶴山は指さしながら大声を出した。

「このハンドル、やはり強い力で根本から折れて、落ちていたようです」

 小松は満足げにうなずいた。「やはりそうでしたか。ありがとうございます。鶴山君、では行きましょう」

「行くってどこへですか?待ってくださぁい、右京さん!」

 

 

 二天王寺の境内。一人の男が立っている。

「了円さん。お待たせいたしました」

「小松さん。真相が分かったんですか?美弥は事故ではなかったということですか?」了円は不安そうな表情で尋ねた。

「いえいえ、事故ではありました。たがどうしてこういうことになったのか、あなたには聞いておいていただきたく、お呼びしました」

小松は続けた。

「まず、美弥さんが亡くなったとき。美弥さんがここで何をしていたのか?」小松はゆっくりと説明を始めた。

「そりゃバイクでの暴走行為でしょ?」鶴山が答える。

「いえ。美弥さんは境内でバイクには乗っていません。境内で暴走したとなれば円を描いたり蛇行したとタイヤ痕が残っているはずです。しかしここには門から一直線のタイヤ痕しか残っていなかった」

「たしかに現場検証のとき、そうでした」鶴山が腕を組んで首肯する。

「では美弥さんは山門で何をしていたのか?ところでこれは何だと思いますか?」

「ハンドルですか?」

「オレが蹴躓いたハンドルじゃないですか!そこに落ちてた」鶴山が言う。

「そうです。しかしただのハンドルではありません。バイクのハンドルではありません。こんな船の舵輪のような形をしていますからねぇ。ではこれは何なのか?」

おもむろに小松は山門のほうを指さした。

「これです!」

そこには山門の内壁にあのハンドルがいくつも付けられていた。そしてそのうちの一つはへし折られた跡になっていた。

「この二天王寺では、転法輪というそうです。いわゆるチベット仏教の摩尼車と同じですね」

「転法輪……」了円はそうつぶやき唖然としている。

「その転法輪に美弥さんは何の用があったんですか?」鶴山は戸惑って言った。

「美弥さんの友人・青木リオさんによると、美弥さんは『徳を積む』という言葉にこだわっていました。そしてこの転法輪は回せば回すほど功徳が積めるというご利益があるものです」

「たしかに美弥と一緒にここをお参りしたとき、この山門も興味深そうに見ていました」了円は思い返して言った。

「そしてリオさんは、こうもおっしゃっていました。『車で積む』と」

「まさか?!」

「そう、美弥さんはバイクのエンジンで転法輪を回そうとしたんです!」

「そんな?!」

「美弥さんはバイクを吹かして回転するタイヤでいっきに転法輪を高速で回す、という『徳を積む』方法を考えたんです。しかし山門は数段上がったところにあり、その段でバランスを崩してバイクを暴走させてしまい下敷きになったのでしょう」

「でもなぜそんな無茶なことを?」了円は頭を抱えながら言葉をこぼした。

「それはあなたの隣にいたかったからじゃないですか?了円さん」

「え?」

「あなたの仏僧として人を救う姿に感化され、自分も功徳を積んで隣にいたいと思ったんじゃないですか!」鶴山は了円の肩を抱きながら言った。

「そうです。知識が少なかったので間違った方向へ進んでしまったかもしれませんが、美弥さんのあなたへの気持ちは純粋だったと思いますよ。その証拠にこれを」

小松は内ポケットから何かを出した。

「これは美弥さんのバイクのキーです。HONDAのキーホルダーとともに付いている御守り。『良縁祈願』とあります。あなたも持っていますよね?二人で買ったものでしょうか。その中にこんな紙が」

そこには小さく折りたたまれた紙片があった。そこには「となりにいてもあの人のメーワクにならないためにトクをつめますように」と書かれていた。

「ううっ、功徳なんて必要なかったのに。そんなもの関係なく、いつまでも隣にいてほしかった。美弥……」

了円の嗚咽はいつまでも二天王寺の境内に響き渡っていた。

 

 

 ここは南大阪府の沿線のとある駅の近くにある小料理屋「いづみ」。勅命係の二人は事件を解決したあと、入った行きつけの小料理屋だ。

「しかし今回は悲しい事件でしたね」鶴山がビールを煽りながら言う、

「少しの意味の取り違えで起こってしまったことですからねぇ」小松は刺身に熱燗を嗜んでいる。

「それにしてもあんなハンドルをよくバイクで回そうとしましたね?」

「彼女のなかにはバイクしかなかったのでしょう。狭い世界から外へ出たとき、どう歯車を動かせばいいかも迷うものです」

「そんなものなんですね。俺ならがっちり社会の歯車になりますけどね!」

「あら、鶴山さんは警察の歯車からも外れていらっしゃるのではないの?」いづみの女将が口を出す。

「そんなぁ?!俺も警察組織の歯車の一つとして毎日頑張ってますよ!ねぇ右京さん!何とか言ってやってください!」

「おやおや、勅命係は窓際ですよ?組織に風を通すのが役割です」

「そうよ!それに鶴山さんが動かすのは歯車より回し車のほうがお似合いよ!」女将が茶化して言う。

「え?回し車?俺はモルモット?!」

「これは女将に一本取られましたねぇ。これからも僕の実検に付き合ってください」

「そんなぁ」

小料理屋いづみの温かな光は深夜まで灯っていた。