くじら座ソーダ通信

主に読書(SFとミステリ)やアニメについて書きます。最近の読書感想は「漫才風読書感想」をやってます。カテゴリーから「漫才風読書感想」を選んで読んでみてください!

グレッグ・イーガン『ビット・プレイヤー』

あらすじ
彼女は洞穴の中で目ざめた。外に見えるのは空、下から照りつけるのは日光。この奇妙な世界は何なのか?―未知の世界のありようを考察する表題作、死んだ名脚本家の記憶を持つアンドロイドが自らのアイデンティティを追う「不気味の谷」、恒星間をデータとして旅する夫婦を描いた、長篇『白熱光』と同一未来史の中篇「鰐乗り」など6篇を収録。現代SFのトップランナー、イーガンの日本オリジナル短篇集。

イーガンの良い所が詰まった最新短編集。前半は、アイデンティティの問題を掘り下げた初期イーガンを彷彿とさせる作品群。人格コピーや意識を持ったゲームのNPCなど新しい人たちが、自分とは何かを追い求める。後半の中編2編は、遠未来の人類の科学探求。『ディアスポラ』や『白熱光』のように高度に進化した人類も謎を追い求める姿は一緒なのだと胸が熱くなる。ハードSFで難解で理解は追いついていないけど、SF的感動で胸が熱くなる。それがイーガンだ!

  • 七色覚

通常の視覚では三原色しか見えないが、人工眼球の子供達が秘密のアプリで紫外線赤外線など「七色覚」を手に入れる話。常人には見えない物が見えるので、子供は秘密のメッセージなどで七色覚を使って遊ぶ。やがて大人になりポーカーや絵画の世界で七色覚を使い稼ごうとするが、常人にもARでの類似技術が出てきたりジリ貧に。はたして今後の生きる道は?
己の技能を活かした稼業をするか、誰でも出来る仕事のために技能を捨てるか。現代人の直面しがちな命題に、近未来技術という新たな側面からアプローチしていて、面白い!やっぱりイーガンは近未来のアイデンティティがテーマだ!

『ゼンデギ』に続いてサイドローディングの話。財を成した老脚本家アダムの脳をサイドローディングしたコピー人格。その人格をそっくりなアンドロイドの体に入れれば、もう老脚本家とほぼ同じ人物。しかしアメリカでは人権が認められていないので、遺産相続はできない。管理会社を通じて遺産を使えるようにしている。ある時アダムは、過去の記憶の一部がカットされていることを発見する。それは忌まわしき記憶だったのか?調査を開始する。出てくるのは、彼氏の存在と殺人疑惑。
というふうにSFミステリとして展開していく物語。人権がないアンドロイドと社会、アンドロイドの操作された記憶は探るべきなのか、など近未来の問題が多数で興味深い。アンドロイドも自分を探りたいだろうけど、それは幸せに繋がるのか?元の老脚本家に引っ張られ過ぎずに生きる道を見つけてほしいな。そもそも、完璧なアンドロイドで不気味の谷を超えてるはずなのに、このタイトルなのは何故なんだろう?

  • ビット・プレイヤー

サグレダは突然、謎の世界で目覚める。《大災厄》で地球の重力が下ではなく東にかかるようになった世界だと聞かされる。人々は東に落ちてしまうので、洞窟に住んでいる。しかしサグレダは石を投げて物理法則を測定したりしながら、何かおかしいと村人を問い詰める。すると村人はこの世界はゲームの中だと言い出す。そして私たちはNPC(ビットプレイヤー=端役)だと。『東』という三文小説のゲーム化された世界で、フリー素材の脳スキャンデータから合成されたモブ村人だと。でもなぜか意識を持ってしまっている!だからといって来訪者に自己主張したら、自分もしくは世界丸ごとデータ消去されるかも。ということでサグレダはギリギリの線で世界を改変するため色々知恵を絞ってチャレンジしていく。
面白い!まず東に重力がかかって永遠に落ちるかもしれない世界というのは、イアン・ワトスンの「絶壁に暮らす人々」など色々過去作にもあったが、さすがイーガンはそれだけでは終わらずビットプレイヤーという更なる絶望感を投げ込んでくる。さすが。昨今のゲーム世界に転生ともまた違うハードさ。でも単純に思うのは、いくら三文小説の世界とは言え、こんなゲーム(クソゲー?)にログインしたいと思うゲーマー来訪者おるんか!?

  • 失われた大陸

《時間橋》というタイムトンネルから、未来から過去へ《学者たち》という謎の集団が来る。シーア派スンニ派を引き裂き、戦争のため人々を連れ去る。そして時間難民が発生する。主人公アリも戦争に巻き込まれ難民キャンプへ。時間難民キャンプも面談に時間がかかるという名目で無為に長い時間を閉じ込められ、人道的だけど非人間的な環境。はたしてアリは先進国(先進時間?)に亡命できるのか?
イーガンは母国オーストラリアの難民政策に対して不満を持ち活動もしていて、それでこの短編を書いたらしいが。う〜ん。これSFである必要性あるかな?取ってつけたような時間SF要素。ストレートに難民の小説で良かった気がする。

  • 鰐乗り

長編『白熱光』でも言及されてたリーラとジャシム夫婦の話。超遠未来。人類やその他の宇宙人は一緒に仲良く身体をソフトウェア化して自由に星々を光速移動したり物理的な体に戻ったり、天の川銀河の円盤部分に「融合世界」を形成していた。一方、銀河の中心のバルジ部分は何らかの文明はあるらしいが一切コンタクトが取れない「孤高世界」があった。探査機を送り込んでも返ってくるのみ。人も入ることができない孤高世界。融合世界の夫婦二人は、長年連れ添って、死も超越した未来だから最後に自分で自分を終了させようかと考えていた。しかし最後に満足できることをと孤高世界を冒険することにする。天文学的な観測から始まり、終盤にはついにバルジに向かう方法を生み出す。はたして孤高世界で何を見つけるのか?
これはすごい!超遠未来で想像を超える世界観のはずなんだけど、未知への挑戦というマインドに共感できる。『白熱光』ほどではないにしろ難解な科学がある、それでも感動してしまう。これぞイーガン!超遠未来でも夫婦っていいもんだなーと思わせるし。いい話だ!

  • 孤児惑星

傑作だった!またまた超遠未来。「鰐乗り」『白熱光』と同じ世界観。恒星周りを公転していない謎の放浪惑星が発見される。そこへ融合世界から調査。この孤児惑星、太陽からの熱エネルギーがない代わりに、地殻内の謎エネルギーを頼りに独自の生態系が発達している。果たして、この孤児惑星で何に出会うのか?
これはスゴイ!地殻内エネルギーが難解科学で説明され理解もやっとなんだけど、超科学にワクワクさせられる!そしてここで出会う知的生命体とのコンタクトもワクワク。「ワンの絨毯」とかもそうだけど、遠未来の生命が徹底的に考え抜かれていて、SFでしか味わえない感動!本当にこれがイーガンに求めていたもの!イーガンの要素が凝縮されている!傑作だった!

収録作品

  • 七色覚
  • 不気味の谷
  • ビット・プレイヤー
  • 失われた大陸
  • 鰐乗り
  • 孤児惑星

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