くじら座ソーダ通信

主に読書(SFとミステリ)やアニメについて書きます。最近の読書感想は「漫才風読書感想」をやってます。カテゴリーから「漫才風読書感想」を選んで読んでみてください!

「旧牛滝トンネル」

最近は読書が趣味の人のあいだでも、情報収集にネットは必須のものとなっている。新刊の情報はもちろん、本の感想を読書SNSで共有して面白い本の情報交換をすることもある。
その読書SNSでまさかこんなホラー小説のような体験をするとは思ってもみなかった。

俺は一冊の本を読み終えた。その本は何の変哲もない文庫本だった。殊能将之の『美濃牛』だ。ミステリ小説として傑作と名高いが、現在は品切れしていて入手が困難なプレミア本だ。しかし、いたって普通の本だ。
俺は読み終えたその本の感想をネットに上げようと、読書SNS「読者カウンター」をスマホで開いた。そして読者カウンターの検索窓に「美濃牛」と入力した。もちろんトップに『美濃牛』の書影が出てきた。俺はそれをタップしようとしたが、ふと手を止めた。『美濃牛』の隣の本に目が止まったのだ。
そこには書影と呼べるのか、はたまた画像がバグっているのか、よく分からない真っ黒な四角い書影があった。
なぜか気になり本のタイトルを見てみた。

『あなたも旧牛滝トンネルにきませんか』

「牛滝?」
俺は思わずそう口に出してしまった。
牛滝といえば、俺の住んでいる南大阪の某市内の東側にある「牛滝山」のことか?しかしそこに「牛滝トンネル」なんてものがあるとは聞いたことがない。
『美濃牛』の検索揺れとして「牛滝」も引っかかっただけだと思いつつも、こんなタイトルの本も聞いたことがないし。小説か?紀行本か?
しかしこの真っ黒な書影は何だ?
俺は思わずその本をタップしてしまった。
たしかに『あなたも旧牛滝トンネルにきませんか』という本のようだ。書影はやはり真っ黒。
しかし異様なところは他にあった。
この「読者カウンター」では色々なほかの読者の感想が閲覧できる。俺はそこを見た。


黒法師さんの感想
2026/08/15
「はやくここにきなさい」


黒法師さんの感想
2025/08/15
「はやくここにきなさい」


黒法師さんの感想
2024/08/15
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黒法師さんの感想
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「はやくここにきなさい」


同じ人物が同じ感想を定期的に投稿していた。俺は背筋が寒くなった。それ以上スクロールするのが怖くなり、ページバックした。元の「美濃牛」検索結果のページに戻す。
やはり『美濃牛』の横には黒い書影。
しかし目を凝らす。書影の下にこの本は何人に読まれたかの数字が表記されている。はずだった。しかしそこは「匁ハ悶ャ縺ク弱k0蜉ィ」と文字化けしていた。
俺は思わずスマホをベッドに投げた。
「牛滝トンネルってなんだよ。牛滝山はあるけど、そんなトンネル、地元でも聞いたことねえよ」
俺は声に出して自分を保とうとした。
「イタズラ登録か?そうに決まってる」
俺は自分を励ますように呟きながらスマホを再び手に取る。
スマホは何事もなかったかのように、待ち受け画面になっていた。
幻か?俺は勇気を出して、再び「読者カウンター」を開いた。何事もなかったかのように開く。
手を震わせながら、検索窓に「美濃牛」と入力。タップ。
しかしそこにでてきたのは『美濃牛』の一冊。
『あなたも旧牛滝トンネルにきませんか』などという本は影も形もなかった。
「何だったのか?」
俺は首筋の汗を袖で拭いながら、何度も忘れようと言い聞かせた。

次の日、俺は全てを忘れようと日常に戻ることに専念した。南大阪の府大の大学図書館へ卒論のための資料を集めに行った。
学生証をかざし入館すると、そこには静かな中にも学生たちの息づかいが感じられた。
資料集めも捗った。しかしまだ必要な資料は足らなかった。そこでカウンターに申請して地下の閉架にも行くことにした。
地下の閉架は薄暗く人の気配はなかった。ハンドルで動くタイプの本棚を操作して、軋む音だけが響く地下。
目的の本棚を出し、その奥にまで資料を探しに入る。
「やっと見つけた。これは肉体労働だ」
目的の本に手を伸ばしたその時、スマホの通知音が響いた。

「読者カウンターから通知」
あなたにダイレクトメッセージがあります

マナーモードにし忘れていたか?あわててスマホを取り出しマナーモードにした。ついでに読者カウンターを開いてみた。

【ダイレクトメッセージ】
宇賀さんさんからのメッセージ

俺は思わず絶句した。宇賀といえば、詩織か?詩織。そう、あれは半年前。一悶着あってやっと別れられた元彼女の詩織。しかし、あいつは読者カウンターはやってなかったはず。別人か?
俺はそのダイレクトメッセージを開いてみた。そこには一言だけ

「あなたも旧牛滝トンネルにきませんか」

俺はあわててダイレクトメッセージを閉じ、その詩織らしきアカウントをブロックした。
ラインはブロックしたが、なぜ知らないはずの読者カウンターまで?俺は思考を巡らせた。
そのとき再びスマホのバイブレーションが震えた。着信だ。しかし画面は真っ暗だ。ただ着信名「黒法師」とだけ白い字が浮かび上がっている。
俺は急いでスマホの電源ボタンを探した。震える手で電源ボタンを押し、強制的にシャットダウンした。
「なんなんだよ」
スマホを投げつけるわけにもいかず、俺は立ち尽くした。
すると本棚の向こうから「カチャ」と言う音がした。
俺は顔を上げた。
すると移動式の本棚が動き出した。
ゆっくりと軋んだ音がする。
俺は本棚の間だ。このままでは挟まれる。
あわてて俺は駆け出す。しかし何かに足を取られる。そこには山伏などが持つ杖が転がっていた。
シャラン
その錫杖に足を引っ掛け、金属部分が鳴り、滑っていった。
倒れた俺に本棚が迫る。挟まれる。俺はもがき、顔を上げる。そこには黒い人影が立っていた。それは黒い衣装の法師。網代笠を目深にかぶり顔は見えない。
この大学図書館の地下に法師?いるはずがない。この世のものではない存在?
黒い法師は何か囁いている。
「お前もう………お前もう………」
囁きは小さすぎてよく聞き取れない。
本棚もどんどん俺の身体を圧迫していく。
黒い法師は錫杖を拾い上げ、俺の頭部めがけて錫杖を一閃した。
俺は意識を失った。

目が覚めた。ここはどこだ?
山の中の一本道の真ん中だ。
俺は頭を押さえながら立ち上がった。痛い。あの錫杖で殴られたところだ。
フラフラと立ち上がりながら、周りの様子を観察した。
山中。
一本道。一応アスファルトで舗装はされている。
とりあえず下山すべきか。
逆側に振り向いてみる。そこには暗いトンネルがあった。
使われていない古いトンネルのようだ。
銘板がある。確認する。
「牛滝トンネル」
あの旧牛滝トンネルというやつか?背筋に寒気が走った。
一刻も早くここから離れたほうがよさそうだ。
するとトンネルの中から「シャランシャラン」という音がしてきた。錫杖の音。
またあいつか?
俺はあわてて走り出した。しかし目覚めたばかりで足がもつれる。ついには転倒。
付けていたボデイバッグから、中身が飛び出した。スマホや文庫本などが散乱する。
文庫本に目をやる。あのときの殊能将之『美濃牛』だ。ここで一つ思い当たった。この本、たしか俺が買ったものではない。いつの間にか俺の部屋にあった。たしか半年くらい前に見つけた。半年前。詩織と別れられたころだ。
俺は文庫本を拾い上げた。すると文庫のカバーだけが手のなかに残り、本体がずるりと抜け落ちた。手のなかのカバー。『美濃牛』とタイトルが書かれている。そのカバーの裏側。真っ白のはずの部分。そこにはびっしりと

「お前もうシねお前もうシねお前もうシねお前もうシねお前もうシね」

と手書きされていた。
俺は叫び声を上げた。そしてカバーを投げ捨てた。
その筆跡には見覚えがあった。詩織だ。詩織が俺の部屋に仕掛けていったのだ。
俺の足は完全に脱力していた。

シャラン

振り返る。
そこには黒法師が。錫杖を振り上げて立っていた。
「オマエモウシネ」