くじら座ソーダ通信

主に読書(SFとミステリ)やアニメについて書きます。最近の読書感想は「漫才風読書感想」をやってます。カテゴリーから「漫才風読書感想」を選んで読んでみてください!

橋本輝幸編『2000年代海外SF傑作選』

あらすじ
独特の青を追求する謎めいた芸術家へのインタビューを描きNetflixでも映像化させたレナルズ「ジーマ・ブルー」、東西冷戦をSFパロディ化したストロス「コールダー・ウォー」、炭鉱業界の革命のすえ起こったできごとを活写する劉慈欣「地火」、破滅SFにインターネットへの希望と祈りを込めたドクトロウ「シスアドが世界を支配するとき」…2000年代に発表された名作SF短篇9作品を精選したオリジナル・アンソロジー

ゼロ年代の直撃世代なので、傑作選が出るの待ってました!期待に違わぬ高品質の作品ばかり!グレゴリイの自我とは何か模索、ドクトロウのゼロ年代トピックであるネットとテロ、ストロスのクトゥルフと冷戦スパイという趣味一辺倒、レナルズの記憶と自己のルーツ探求。どれも面白いテーマで傑作だった!次の10年も楽しみだ!

カフェでブラウニーを半分半分にしていく様子を、「アキレスと亀」や最新物理学に絡めつつ、不思議な世界に結晶化させた小品。独特の世界観に幻惑される!楽しい!

  • ハンヌ・ライアニエミ「懐かしき主人の声(ヒズ・マスターズ・ボイス)」

タイトルからも分かるようにビクター犬をモチーフにしたSF。海洋石油基地跡で一国一城して自分の違法クローンまで作っていたシモダ・タケシ。そして逮捕され、禁固314年の刑となる。そんなご主人を救うために愛犬&愛猫のコンビが立ち上がる!サイバーな未来都市でご主人の声をもとに一世一代の大立ち回りをするワンコ!最高です!ワンコが大活躍というだけで、もう傑作です!よく頑張ったねー!

  • ダリル・グレゴリイ「第二人称現在形」

自己認識を遮断するという新型ドラッグをODしたことによって、今までの人格がどこかに行ってしまって別の新しい人格だけが残ってしまった少女。両親は元の人格を探そうと色々なカウンセリングに連れて行くが。身体や記憶は引き継いでいるが人格が別のものになる。それは果たして同じアイデンティティなのか?最新の研究では脳が指令を出す前にすでに身体は反応しているというが、では自我とは何なのか?アイデンティティを問うSFといえば、イーガンの「しあわせの理由」が傑作だが、また違ったこんなアプローチもあるのか!傑作!元の人格は決して戻らないという現実と今の娘のアイデンティティを前にした両親の最後の決断も心を打つ!

  • 劉慈欣「地火」

炭鉱労働の塵肺で亡くなった父の遺志を継ぎ、炭鉱の技術革新を研究する主人公。石炭地下ガス化の実験を強行する。しかし実験中、大炭鉱にまで地中火が回ってしまい大災害となる。中国が豪州と揉めて石炭を輸入停止にして中国内エネルギー危機が起きたという最新ニュースにも響き合うタイムリーな話題。中国なんて環境問題気にしないから火力発電やり放題で石炭の需要はあるのに、それでも国内の炭鉱産業は斜陽なんだな。炭鉱労働者の実情がリアルに描写されグングン引き込まれる!しかしラストの取って付けた感。体制批判的な展開は出来ないとしても、もっと過激な奇想を見せてほしかった。

各国のテロリストが連携して世界同時多発テロ。世界の各都市がNBC兵器などで壊滅。しかしシステム管理のエンジニアたちは、サーバー室のクリーンルームで生き残った。そして生き残った者たちで、新たな世界を構築していく!これは完全にネットギーグたちの願望充足物語!だがそれがいい!やっぱりゼロ年代と重要トピックと言えば、テロとネットだよな。アポカリプス後の世界でもネットを保持しつつ新たな体制を模索する。昔のイギリスSFの「心地よい破滅」の進化系でもあるか?オタク魂が熱く面白い話だった!ってかどうでもいいけど、グーグル社を美化しすぎじゃないか?w

クトゥルフ!冷戦は核兵器による米ソ緊張だったが、この話では核兵器以上の兵器と化した旧支配者を巡る米ソ緊張の冷戦!アメリカの元CIAを主人公としたスパイ小説な筆致も相まって、クトゥルフ×冷戦とかもうオタクの好きな物の欲張りセット!わくわくが止まらない!ダークな展開もシビレル!やっぱりストロスはもっと読んでいかないといけないな!

  • N・K・ジェミシン「可能性はゼロじゃない」

NYの一部で、あらゆる確率が異常に高くなるという現象が発生。事故は多発するし、宝くじは当たりまくるし。しかも祈りやおまじないで、あらゆる確率が変動する。そんな奇妙な現象が日常となった街での暮らしが描かれる。現象がどう日常を変化させるかを上手く現代的に描いてる!面白い小品。でとハインラインの「大当たりの年」も似たテーマで、そちらはSF的なオチも用意されてたな。まぁ変容した日常を上手く描いてる本作も良いけど!あと確率の異常といえば、第4次スパロボグランゾンかな?w

「暗黒整数」は既読だから割愛wコッチの世界とアッチの世界の数学証明バトルとか普通の人なら思い付かないSFで大傑作なんだけどね!

青に強いこだわりを見せる芸術家・ジーマ。肉体は人工強化な物となり、あらゆる場所で芸術活動をする。星を青で覆ってみたり。そんなジーマの青のルーツとは?これはすごい!ジーマがどこから来たのかが解き明かされるシーンは、SF的なスケールの大きさで感動!記憶とは何かという思索もSFならではの深みで唸らされる!やっぱりレナルズって神だわ!『火星の長城』も読もう!『啓示空間』も読もう!(でも『啓示空間』は千ページ超えの文庫なので持ち運びを考えると尻込みw)

収録作品

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