くじら座タウ星府立大学SF研究会

主に読書(SF中心)について書きます。最近の読書感想は「漫才風読書感想」をやってます。

『世界SF全集 第33巻 世界のSF短篇集 ソ連東欧篇』

1970年前後に早川書房から出た『世界SF全集』。長篇中心のラインナップだが、この巻はソ連&東欧のSF短篇集。現代の目で見ると、レムとストルガツキーとチャペックくらいしか有名どころはいないが、非常に密度の濃い短篇集だった。ソ連東欧の社会主義国といえば陰鬱もしくは哲学的文学的なイメージだったが、本作収録作はまったく違う。科学と人類の進歩に全幅の信頼を置いた正統派のSFが多い!意外な収獲だった!
ということで父親の実家からパクってきた『世界SF全集』で、ソ連のSFに興味が出てきてたので、手に取ってみたんだけど。マイナーな本で、ネット上にも書誌情報があんまりないので、全作レビュウをします!全作レビュウは「続きを読む」をクリック!

  • 第一部 ソ連
    • イワン・エフレーモフ「宇宙(あま)翔けるもの」

1907年生れ。現在のソ連の大黒柱的存在。生物学者であり、地質学者であり、古生物学者である。第二次大戦末期、中央アジアの探検のときに熱病にとりつかれて、古生物の第一線を退かざるをえなくなり、それ以来、SF作家となる。1944年に最初のSF短篇集『五ポイント』を出版し、同じ1944年中に『月下の魚』、『ヌル・イ・デシト天文台』、『アトル・ファカオフォ』、『虹の流れる入江』、『最後の帆』、『白い角』、『ダイヤのパイプ』、『過去の影』等を書いた。(これらのうち、『虹の流れる入江』、『白い角』、『ダイヤのパイプ』、『過去の影』は、わが国では、エフレーモフ短篇集『過去の影』(大光社刊)に収録されている)戦後の作品では、初めて宇宙問題をあつかった中篇『星の船』(1947年)、ゴビ砂漠探検記『風の道』(1956年)などが有名であるが、つづいて1957年に発表された『アンドロメダ星雲』は、人工衛星の打上げと相まって、それまで停滞していたソ連SF界に活力を注ぎこむ役割を果たした。この巻に紹介されている「宇宙翔けるもの」(原題「蛇座の心臓」)は1959年の作で、『アンドロメダ星雲』の続篇とも言える作品である。エフレーモフはこのほかに、長篇『かみそりの刃』(1963年、邦訳『人間の世界』河出書房刊)、長篇宇宙小説『丑の刻』などがある。科学的な洞察の広さと深さ、人間の理性に対する信頼がエフレーモフの創作の特色である。

350光年の宇宙探査に出ている、ワープ宇宙船テルル号。
前半は、炭素星の探査の様子や、地球についての思索が語られる。語られる内容が、面白い。すべての人類に対しての信頼が無邪気すぎて。例えば「地球政府は共産主義の下でひとつに団結していける」「自分たちが地球に戻っても、ウラシマ効果で過去の人状態だが、科学に根ざした人間同士だから、理解しあい受け入れできる」「宇宙人に出会ったとしても、知性があるはずだし、美しいはずだし、地球人と似ているだろうし、絶対に友好的に交流できる」など。1959年の作品で冷戦の只中の時期のはずなのに、えらい楽観的。作者は共産主義ユートピアを純粋に信じていたということで有名だが、それにしても楽観的な光り輝く未来像で面映い。
後半は、ファーストコンタクト。宇宙人はいることは予想されていたが、今回がはじめての地球人とのコンタクト。テルル号が帰途につこうとすると、向こうから謎のロケットが。ついにファーストコンタクト。その相手の宇宙人が興味深い。もちろん知的で美しいヒューマノイド型の宇宙人。しかし最大の特徴は、弗素(フッ素)を呼吸する生物だということ。ということで相手を「F人」と呼ぶことにする。当然、地球人にとってはフッ素は猛毒、逆にF人にとっては酸素は猛毒。慎重なコンタクトがとられることとなる。わずかな時間だが、相互の生態・文化・惑星状況など、友好的に交歓。F人は、フッ素型惑星を探しているようだった。酸素は宇宙にありふれた元素であるのに対して、フッ素は非常にレアな元素。それで苦悩しているらしかった。
最後の別れのシーンでは、フッ素型呼吸から酸素型呼吸に転換できるかもしれない遺伝子型の変更のアイデアを伝えて別れる。再度出会うときには、また友好を深められるように。

    • ゲオルギー・グレーヴィッチ「創造の第一日」

1917年生れ。1939年に軍隊にはいり、第二次大戦に参加し、戦後、大学を卒業して建築技師となる。同時にSFを書きはじめ、1946年いらい、『棕櫚の霧氷』、『地下の嵐』、『第六大洋の誕生』、『透明な惑星』、『アステロイドにとらわれて』、『われわれは太陽系の子』(1965年)その他の作品をつぎつぎに発表している。技術者らしい発想と叙情性がグレーヴィッチの本領である、SFのほかに、グレーヴィッチは数多くの科学啓蒙書、論文、評論を書き、1967年には、SFの手法、SFというジャンルのもつ複雑さと矛盾、SF映画の問題などをあつかった風変わりなSF入門『ファンタジーの国の地図』を発表している。

惑星開発SF。舞台は天王星とその衛星アリエル。
主人公は、詩人にして、無線技術者。歴史を創造する瞬間を詩で切り取ろうと、人類の最前線の惑星開発に身を投じた。その開発の第一歩を切った詩のタイトルにしようと思っているのが「創造の第一日」。
その惑星開発はというと、天王星重力場を切断して、星を十数個にバラして、人類の新たな住環境の資源にしようというもの。
天王星がガス惑星だったり科学考証的には古びているが、惑星崩壊シーンのダイナミックやラストの事故からの主人公の命の危機など、緊迫感は読み応えはある。

    • ワレンチナ・ジュラヴリョーワ「宇宙船ポリュス号の船長」

1933年生れ。数すくない女流SF作家のひとり。ソ連は石油の産地として有名なアゼルバイジャン共和国の首都バクー市の医科大学の出身。1958年いらいSFの短篇を発表しはじめ、すでに二つの短篇集『時間を超えて』(1960年)、『アトランティスを創った男』(1963年)、および、SF作家アリトフとの合作の中篇『星のバラード』などをもっている。女性らしい繊細さとおだやかさと叙情性が持ち味である。

宇宙精神病理学の女医。中央宇宙飛行図書館で過去のバーナード星の探査について調査。
船長ザルビン率いる探査船は、乗員六人でバーナード星を探検する。しかし問題発生。往路の半分くらいのところで、ロケットの原子炉が副次反応をおこしていて、燃料を余計に食っていると判明。バーナード星には到着できるが、帰りの燃料が18パーセントしかない計算に。今から地球に引き返すべきか、バーナード星に向かって救援を待つべきか?ここでザルビン船長が判断。プロジェクトを台無しにしないためにバーナード星に向かうことに。しかし燃料はどうするのか?
そしてバーナード星に到着。バーナード星の惑星は氷の星で生物はいないようだったが、科学の発展には大変貢献する資料が集まった。
さて、帰りのアイデアを船長は持っていた。まず余計な荷物を捨てて重量を軽くする。そして帰りは9Gの急加速をかける。これで地球に帰れる。しかし9Gだと宇宙船を制御できない。だからバーナード星に一人残って宇宙船を遠隔操作する。残るのはもちろん船長自身。残る船長は次の助けが来る14年を氷の惑星で一人ですごさなければならない。
さっそく計画は実行される。帰途は順調に進んだ。しかし問題発生。遠隔操作の出力が足りないのだ。ザルビン船長は、出力を上げ続ける。結果、船は持ち直し、無事に地球へ帰ることが出来た。しかしザルビン船長は出力のためにマイクロ原子炉を使いすぎたために、次の助けが来る14年分の燃料を使い切ってしまっていた。
科学の発展のための自己犠牲というのは、非常に美しい利他精神で感動する。これも共産主義的な美点から来るものなのだろうか?それとも、女性作家のセンシティブな感性から来るものなのだろうか?
船長の遺言の一言「不可能を越えて、前へ」というのも心に刺さる。

    • アナトーリイ・ドニェプロフ「人間の公式」

1919年生れ。本名はアナトーリイ・ミツケヴィチ。モスクワ大学出身の物理・数学修士。本職の物理学の研究のかたわら、1958年からSFの短篇を発表しはじめ、中・短篇集として『マクスウェル方程式』(1960年)、『私が消えた世界』(1962年)、『不死の公式』(1963年)、『赤紫のミイラ』(1965年)、中篇『青い空焼け』(1965年)等を発表している。物理学者なので研究上の仮説を小説化したような作品も少なくないが、それ以上に、サイバネティクス、物理学、生物学などの発展が社会におよぼす影響、そこにおける科学者の責任、あるいはファシズムに対する弾刻うぃテーマにした作品が多い。『人間の公式』(原題『不死の公式』)はドニェプロフのそのような作品群の代表である。

「人間の公式」とは、遺伝子のこと。
主人公アルバートは、科学者。DNAの研究をしている。父も同じ研究者だが、隠居している。ある日、実家に一人の少女ミジェヤが来る。少女を追って弟子科学者のホルシも怪しい行動をしている。ホルシを調べるアルバート。すると、ミジェヤは遺伝子操作で生まれた試験管ベイビーであることがわかる。さらに、アルバートの母親も同じく遺伝子操作で生まれたと知る。父は、遺伝子工学の軍事転用など危険視して隠遁したと。アルバート遺伝子工学の未来に危機を感じると同時に、自身の出自にもショックを受ける。ショックで精神に変調をきたし、ホルシを殺してしまう。
この時代に、遺伝子操作の生命倫理を扱うとは、先見性があり先進的だったんじゃないかな。

    • ウラジーミル・サフチェンコ「ベルン教授のめざめ」

1933年生れ。本職は電気技師。奔放な着想の持ち主で、処女作『黒い星』で新しいエネルギー源としての空想的な物質をつくり出す物理学者たちの活動を語っているかと思えば、『ベルン教授のめざめ』で一万八千年先の未来を描き、SF戯曲『新兵器』(1966年)で現代の米ソの対立を大胆に取りあげている。さらに1967年には、新しい科学的発見に取り組む科学者たちの知的な冒険をテーマにした長篇『自己の発見』を発表している。サフチェンコの作品では邦訳されているものは、本書に収録されている『ベルン教授のめざめ』のほかには、『プロクシマ目指して』(原題『奇妙な惑星への第二の探検』、ハヤカワ・SF・シリーズ、現代ソビエトSF短篇集『宇宙翔けるもの』所収)だけである。

ベルン教授は氷河期が生命に知性の発生を促すと予測。一万八千年後の次の氷河期には、今の人類は核戦争かなにかで滅びていて、次の新人類が繁栄していると推理。
それを確かめるために、ベルン教授は冷凍睡眠に入って一万八千年後へ。
ベルン教授が目覚めると、砂漠は森になっていた。本当に一万八千年たっていた。そこには類人猿がいた。やはり新人類か?しかし類人猿に襲われる。そこに突然、高速度イオン飛行機がやってきて、ベルン教授は助けられる。飛行機には、同じ人類が乗っていた。人類は一万八千年も発展し続けていたのだ。ベルン教授は、自説の間違いを知った。

兄のアルカージイ・ストルガツキーは1925年生れの日本文学者、弟のボリス・ストルガツキーは1933年生れの恒星天文学者である。二人はいつも合作のかたちで、1958年頃からSFの短篇を発表しはじめた。最初は、ソ連の多くのSF作家の例にもれず、科学啓蒙的な色彩の強いSFから出発した。最初の短篇集『六本のマッチ』(1960年)がそうであり、宇宙飛行三部作『赤紫色の雲の国』(1959年)、『アマルティアへの道』(1960年)、『実習生』(1962年)もそれに近い。ところが、ストルガツキー兄弟の創作には、人間のモラルの問題をあつかった『遠い虹』(1963年)、未来社会をあつかった『帰還』(1963年)を間にはさんで、中篇『脱走への試み』(1962年発表)の頃から、そのテーマに大きな変化が見られる。異なった発展段階にある社会の接触の問題を中心テーマにすえながら、現代社会をさまざまな形でデフォルメし、「典型化」する試みを強く打ち出しはじめた。『神様はつらい』(1964年)、『世紀の強欲なもの』(1965年)、『山を登るかたつむり』(1966年)、『火星人の二度目の襲来』(1968年)、『有人島』(1969年)などがその系列に属する作品である。ソ連のSFはこの十年くらいの間に、子供の読み物から大人のシリーアスな読み物へ、科学啓蒙的なSFからいわゆる社会的なSFへと大きく脱皮をとげている。その流れの中心的な存在がストルガツキー兄弟である。なお、『六本のマッチ』はかれらの初期の代表作である。

コムリン博士は、ニュートリノビーム発生装置で「中性微子針療法」を発見する。針治療のように、ツボにニュートリノビームを打ち込むと、キズや毒までも早期に回復するのだ。
コムリン博士はさらに考える。ニュートリノビームを脳に打とうと。実際に自分にやってみた。するとコムリン博士は、超能力に目覚めた。六本のマッチを宙に浮かせてみたり、超記憶力を発揮したり。しかし後に昏睡状態になってしまう。
科学者の人命を犠牲にしてでも成果を得させようとする社会主義国家への批判のようなものを感じた。

    • M・エムツェフ&E・パルノフ「雪つぶて」

ミイハイル・エムツェフ(1930年生れ)とエレメイ・パルノフ(1935年生れ)はいつも合作のかたちでSFを発表している。ソ連のSF界には、ストルガツキー兄弟をはじめとして、このような二人組がすくなくない。エムツェフとパルノフは、二人とも物理。化学の分野で活躍している科学者で、専門の研究のかたわら、それぞれ別個に科学啓蒙書を書き、共同でSFを書いている。処女作は1961年(『緑の峠』)で、その後、短篇集『超新星の落下』(1964年)、『青白い海王星の方程式』(1964年)、『フォセット大佐の最後の飛行』(1965年)、『緑のエビ』(1966年)、長篇『ディラクの海』(1967年)、短篇集『影の市』(1968年)、長篇『時の針に刺された闇の切れ端』(1970年)等をつぎつぎに発表している。シーリアスな作品が多くて、ストルガツキー兄弟とともに現在ソ連SFの中核をかたちづくっている作家である。パルノフは昨年のSF作家国際シンポジウムにソ連代表の一人として来日した。

タイムトラベルもの。
大学卒業研究のプレゼン。タイムトラベルの理論の発表を行う。その場でなし崩し的にタイムマシンも出してしまい、実演までしてしまう。そして七ヶ月前まで跳ばされてしまう主人公。元に時代に戻るため、七ヶ月前の自分に会うことに。七ヶ月前の自分はデートの直前。実はそのデート、結果はフラれてしまうのだが。主人公はその結果を変えてしまおうとし、自分自身と自分の歴史を変えることの是非を討論したり、結構おもしろい。最後はプレゼン中の現代に帰ってくるのだが、タイトルの「雪つぶて」の使い方もオシャレ。
ソ連でもタイムトラベルものが書かれているのが知れただけでもファンとして嬉しい。

    • セーベル・ガンソフスキー「湾の主」

1918年生れ。若いころ仲士、水夫、電気技手、教師などさまざまな職業に従事し、第二次大戦に参加し、重症を負って除隊。戦後レニングラード大学の文学部を卒業。1950年頃から児童文学の分野で作家活動にはいり、二つの短篇集と三つの戯曲を発表した。その後もっぱらSF短篇のみを執筆するようになり、すでに『未知の世界への歩み』(1963年)、『六人の天才』(1965年)、『危険の三歩手前』(1969年)の三つの短篇集をもっている。現実と空想との接点で巧みに物語を作りあげるすぐれたストーリーテーラーで、最近は、科学・技術の進歩に付随するモラルの問題に関心を示している。

秘境もの&怪物もの。
舞台はニューギニア。主人公たちはTVクルー。
秘境の奥の湾内に、巨大サメさえも一瞬で血を抜かれてぺらぺらにしちゃう怪物がいるという。
また近くの村では、一人のオランダ人が原住民を奴隷のように使って、暴虐の限りを尽くしている。
ある日、そのオランダ人も湾の取材について行きたいと言い出す。現地案内人がOKを出したので一緒に行くことに。湾に船を出し、進んでいくと、急に湾の水面が暴れだす。水がゼリー状になり、獲物を引き込もうとする。そう、怪物とは湾そのものだったのだ。オランダ人は餌食となり、他のメンバーは辛うじて逃げて助かる。
オランダ人がいなくなって村は平和になったが、あの怪物はなんだったのだろうか?
寓話のようなお話。また欧米だけでなくロシアにとっても、アジアってこういう秘境のイメージだったのね。

    • E・ヴォイスクンスキー&I・ルコジヤノフ「不可能の方程式」

エムツェフ&パルノフのグループと同じように二人組のSF作家。しかも、ジュラヴリョーワなどとともにソ連SFのバクー(アゼルバイジャン共和国)グループを構成している。二人のうちのエヴゲーニイ・ヴィイスクンスキーは1922年生れ、ゴーリキー文学学校の通信教育で卒業した作家。もうひとりのイサイ・ルコジヤノフは1913年生れの石油関係の機械技師。二人で協力してSFを書き始め、最初の作品は『メコング号の乗組員』(1962年)で、そのほかに、短篇集『時間の十字路』、中篇『黒い柱』その他の作品がある。

ユーリー・ガガーリン号は、異星に不時着してしまう。その異星を偵察することになった、レズニツキーとノビコフは森の奥深くに入ってゆく。すると重力に囲まれた檻のような区画に迷い込んでしまい、出られなくなる。その区画には、白痴のような生命体が住んでいた。中央コンピュータによって給食システムなど完全に管理され、自堕落にただ生きていた。元は知的生命だったようだが?
中央コンピュータは、完璧を誇っていて、重力の檻を切ることもできない。
調べるうちに、白痴たちは昔は高度な文明を持っており、中央コンピュータも自分たちで作ったらしいと分かる。しかし労働も創造もすべてコンピュータに任せた結果、白痴に退化したと。
ノブコフは、サイバネティックの知識を総動員して、中央コンピュータを破る方法を思いつく。理論的な解のない「不可能の方程式」を入力し、管理コンピュータをオーバーワークさせようというのだ。さっそく入力。予想通り、コンピュータは破綻し、重力檻は消えた。そして無事脱出。
しかし白痴たちは、これからは自然の中で生きていかなければならない。また知的生命にまで進化することが出来るのだろうか?
コンピュータによる管理に警鐘を鳴らすと同時に、そうはならない地球人(共産主義)の全体の幸福や知識のために喜んで自分を犠牲にする姿勢を礼賛する。かなりの教訓を含んだ物語だが、表面上は、石原藤夫博士の《惑星》シリーズっぽい雰囲気で、かなり楽しく仕上がっている。

    • イリヤ・ワルシャフスキ「予備研究」

1909年生れ。商船学校の出身で、船乗りの経歴をもつ設計技師。1929年に、ジャーナリストの友人や弟との共著で『切符なしの世界一周』という旅行記を出版していらい三十余年間文学から遠ざかっていたが、六十年代の初めに機知に富んだSF短篇を書き始めて、特異なSF作家として急に脚光を浴びるようになった。SFパロディーやSFに対する風刺が得意で、『分子喫茶店』(1964年)、『反世界を見た人間』(1965年)、『夕陽の国ドノマーガ』(1966年)などの短篇がある。

ある施設に、物理や化学や数学などたくさんの科学者が集められている。そして新しい科学アイデアを巨大コンピュータに入力させられる。コンピュータはヒラメキがないので、科学者にヒラメキをさせて、ひたすらに科学アイデアを集めた。ヒラメキのためには、科学者に酒や覚醒剤を投入することも辞さない。果たして、そこまでして科学アイデアを集めてどうするのか?人類支配?地球征服?
オチは、実はコンピュータにSF小説を書かせるためのネタ集めでした!?何という脱力オチ!キレッキレのオチで楽しい!

1921年生れ。ポーランドを代表するSF作家であるだけでなく、現代の世界のもっともすぐれたSF作家のひとり。医科大学出身で、1951年に長篇処女作『宇宙飛行士』(邦訳『金星応答なし』)を発表していらい、『マジェラン雲』(1959年)で未来世界の壮大な宇宙飛行を描き、『泰平ヨンの航星日記』(1957年)でユーモア作家、諷刺作家としての一面を見せ、『星からの帰還』(1961年)で反ユートピアを描き、『エデン』(1959年)、『ソラリス』(1961年、邦訳名『ソラリスの陽のもとに』)、『無敵』(1964年、邦訳名『砂漠の惑星』)で地球の人間と宇宙の《未知のもの》との接触のモデル・ケースをみごとに描きあげ、さらに『スンマ・テクノロギアエ』(1964年)その他で独創的な未来学者として登場している。短篇も数が多くて、テーマの多様さ、哲学的思考の深さ、密度の高さですぐれている。

2008年にハヤカワ文庫で文庫化した『宇宙飛行士ピルクス物語』の連作のうちの一篇。
異星の探査に出ているピルクス一行。最終日間近に手落ちがあったことが発覚し、ロボットに測量に向かわせる。しかし帰ってこなくなる。ピルクス一行も探索に出る。痕跡をたどると予定外に山へ登ったよう。ピルクスも、クライミングまでして跡を追う。結果、ロボットは滑落して倒れているのを発見する。どうやらロボットは、山を見て、山に挑もうという気持ちが芽生えたようだった。ロボットも人間のように山にロマンを感じることがあるのだろうか?「そこに山があるから」と思ったのだろうか?

    • アンジェイ・チェホフスキ「絶対兵器」

モスクワ大学出身の若い生物物理学者。本書に紹介されている作品のほかに、短篇『ヴァヴィロンの塔』その他がある

ブフバフ大佐が発明した絶対兵器は、雌鳥のように、戦車の卵を産む戦車!しかし、世代が進むにつれて突然変異して、トラクターになっちゃった!終わり!というショートショート。切れ味いいね!

    • コンラド・フィアウコフスキ「最後の可能性」

1940年生れ。ワルシャワ工業大学電子計算機設計講座の技師。技術の発展をテーマにした短篇が多い。

ロボット制御系科学者であるゴエルは、生体物理学の教授の《自己複写》をとる。《自己複写》とは、人間の人格をコピーしコンピュータに走らせること。その《自己複写》を宇宙探査機に乗せて、遠宇宙を探索させようというのだ。
しかし事故により《自己複写》を早く目覚めさせてしまう。《自己複写》は、ゴエルと教授を探査機に閉じ込めてしまう。一緒に遠宇宙に連れて行こうというのだ。解放してほしければ、ゴエルも《自己複写》を作れと。遠宇宙探査は、長時間の孤独との戦いでもある。《自己複写》は、その孤独を恐れて、仲間をほしがっているのだ。
結局《自己複写》は、ゴエルらの抵抗によって破壊されてしまう。
人格のコピーやそれが乗った探査機は、初期イーガンや『みずは無間』など今でもバリバリ使われてるSFネタ。先見性に関心。

    • ヤヌシュ・A・ザイデル「クヴィン博士の治療法」

専門は原子物理学者。

南太平洋の島。そこに遠宇宙からの電波が来ているらしい。宇宙人のスパイが通信しているのか?その島には「サナトリウム」がある。サナトリウムは、宇宙飛行士が事故などで精神を崩し不安定になっているのを精神病治療している。患者は「宇宙人に拉致られたー」とか言ってる人、多数。そのサナトリウムの先生がクヴィン博士だ。そこに主人公が潜入調査する。はたして宇宙人のスパイは誰なのか?本当に宇宙人に拉致された患者がスパイなのか?登場人物の皆が終始アヤシイ雰囲気で、サスペンスな侵略SFとして読める。ラストの不気味さもおもしろい。

    • チェスワフ・フルシチェフスキ「この世のふたつの果て」

ポズナン放送局で働くラジオ・ドラマ作家。主として叙情的なSF短篇を書いている。

田舎の山の上に大型電波望遠鏡を建てることに。しかし田舎は因習が残る狭い考えの村。羊飼いの羊が毒殺されて電波望遠鏡のせいにされたり、村長や助手が襲われたり。ある日、村に迫る山々が地崩れを起こしそうということが発覚する。これこそ電波望遠鏡のせいだと、暴徒化した村人が科学者たちの元に迫る。なんとか説得し、逆に電波望遠鏡のコンピュータを使って村を助ける方法を計算する。すると地崩れの手前に堤防を作れば村は助かると結果が出る。しかし堤防を作れば、村は助かる代わりに、地崩れの流れが変わって電波望遠鏡のコンピュータ施設が破壊されることに。科学者の何十年の悲願だった電波望遠鏡。しかしそれを犠牲にして村を助けることを決断する。かくして村は救われた。村人とも和解。村人たちを扇動していた悪い夫人は逃走したけれども。その後、数年かけて、電波望遠鏡もちゃんと完成させてしっかりと稼動させている。
SFのガジェットはそんなに出てこず、SF小説というよりドラマ。ストーリー展開も上手いし、さすがラジオドラマ作家といったところか。

1890-1938年。ロボットという言葉の作者、あるいは、『山椒魚戦争』の作者として世界的に有名。カレル大学で哲学を学び、パリのソルボンヌ大学で生物学を学んだのち、ジャーナリストおよび作家として多面的な活動をしたが、SFの分野では、戯曲として『R・U・R』(1920年)、『虫の生活から』(1921年)、『マクロプロス家の秘密』(1922年)、『創造者アダム』(1927年)、『白い病気』(1937年)などを、長篇では『絶対子工場』(1922年)、『クラカティト』(1924年)、『山椒魚戦争』(1936年)などの名作を残している。短篇も数篇あるが、本書に紹介されている『飛ぶことのできた男』は1938年の作である。

ショートショート
三日連続で夢を見た。駆け足で地面とトンッと蹴ると、フッと空中に浮き上がる夢。三日目、目覚めた後に現実でもやってみた。すると同じように飛ぶことができる!練習したら、どんどん飛べる。それで、専門家に見せることに。しかし専門家は、姿勢が悪いとか注意ばかり。姿勢の矯正とかしてたら、飛べなくなりましたとさ。
飛ぶ描写の胸弾む感じが小気味よくていいね。

    • ヨゼフ・ネスヴァドバ「クセーネミュンデの精薄児」

1929年プラハ生れ。1946年よりイギリスの詩(コールリッジ等)を翻訳しはじめ、同時に『生きる』、『スヴァロフ』等の戯曲を発表し、1950年にはジュール・ヴェルヌの『八十日間世界一周』をもとにしてシナリオを書く。本職は精神科医である。最初のSF短篇集『ターザンの死』(1958年)が評判になってSF作家としての地位を固め、つづいて、『アインシュタインの脳』(1960年)、『逆方向への旅』(1962年)等の短篇集を発表している。現在のチェコスロヴァキアの中心的なSF作家のひとり。

長めのショートショート
第二次大戦中。ドイツのクセーネミュンデに生まれた精神薄弱児・ブルーノ。家庭教師をつけるも、勉強できないわ暴れるわ。数学だけは才能があった。ある日、ブルーノは家庭教師にこっぴどく怒られる。その夜、家庭教師の家にミサイルが飛んできて、家庭教師は亡くなる。別の日、ブルーノが子供をいじめていたところをご近所さんに怒られる。その夜、ご近所さんの家にミサイルが飛んできて、ご近所さんは亡くなる。敵対するイギリスから飛んできたのか?しかしなぜピンポイントに?実は、ブルーノが技師である父親から盗んだ設計図でミサイルを作っていた。SS(ナチス親衛隊)はブルーノに目をつける。しかしブルーノは気に食わず、SSの宿舎にミサイルを飛ばす!?もちろん軍は怒り、ブルーノは射殺。
最後のブルーノの母親の言葉「ブルーノのしたことも悪いが、戦争でナチスがロンドンの人たちを殺すのも同じ。あなたたちも精薄!」という叫びは辛辣。短い中に、戦争に対する批判がこもっている。

    • イワン・フォウストカ「炎の大陸」

(詳細不明)

とある異星に人類は基地を設営している。その基地があるのは、異星の中のA大陸と名づけられた大陸にある。その異星にはB大陸というのもある。B大陸は人類未踏の地。
あるとき、基地に閃光爆弾が落ちてきた。その光を浴びた隊員は、性格が変わったように無気力化してしまった。閃光爆弾は、B大陸から飛んできたようだった。ということで、B大陸を探査することに。
B大陸には、生物がいた。しかし奴隷のように溶鉱炉で働くのみ。探査隊の応答にも反応さえしない。調べてみると、あの閃光爆弾と同じ光によって無気力化されており、そのまま幾世代もたって完全に奴隷化されていた。はたして、生物を奴隷化して支配しているのは誰なのか?
異星の支配者の正体は、水棲生物なのだが、その撃退方法など取って付けたようで少し工夫に乏しい印象。
しかし一番の謎なのは、来歴や詳細も分からないのに、こうして書籍化されて登場している作者だよなー。

    • ヴァーツラフ・カイドシ「ヴォラフカのセロリ」

『ヴォラフカのセロリ』のほかに、ファウスト物語をテーマにした短篇『実験』などがある。

兼業農家のヴォラフカが持っている畑に、ある日、風船(?)が飛んでくる。その風船が畑の上空で破裂。粉のような物が畑に拡散される。数日たつと、畑のセロリや周囲のシャクナゲなどが異常に巨大化。しかも謎の粘液でハチやスズメをからめ取ったり、とにかく不気味な巨大植物に。粉を研究機関に調査させると、ある種の成長ホルモンの結晶のようだが解析不能とのこと。宇宙からの侵略物質ではないかとの仮説まで飛び出す。最終的には、酸性雨で枯れてしまって一段落なんだが。
プラハの大気汚染による酸性雨に問題を解決させるところとか、当時の時事問題を切っていて時代性地域性を感じれて面白い。

(詳細不明)

「魔術師」と呼ばれている奇抜な技師。今回は、触覚を聴覚に変換する装置を作った。例えば、頭を打つという痛覚が目がチカチカするという視覚に変換されるように、感覚を超える反応というのはままある。今回は、手を機械に乗せて振動させる触覚が脳の聴覚の中枢を刺激して音楽に換えるという発明だ。
その発明を友人の音楽家に試させた。見事に成功。これで聾の人も音楽が楽しめるようになるだろう。
しかしこの実験にはもうひとつ仕掛けが。友人の音楽家に聞かせた音楽にサブリミナルを仕掛けていたのだ。この仕掛けも成功。次の日、音楽家は凄いインスピレーションが沸いたと作曲する。しかしその曲はサブリミナルの曲と同じ。なぜ技師はこんな仕掛けを潜ませたというと、サブリミナルを実際の曲として譜面に書き起こす能力を見たかったのだ。この能力を逆に利用して、自然の音にサブリミナル的に入っている要素を譜面に書き出してほしかったのだ。例えば川のせせらぎや鳥の声など、自然の音の中に音楽の要素が潜んでいるはずだと、技師は考えていた。それらから究極の音楽を作ろうというのだ。
技師と音楽家の友人同士で信頼しあっている関係も読んでいて楽しい。あと技師は「聾の人のためになった音楽の研究の次は、盲人のためにも何か研究したい」と終始前向きで「魔術師」というアダ名とは裏腹に清清しい人物である。清清しい小品。

(詳細不明)

医学生二人が女の子をナンパ。女の子の祖母の逸話を当てて見せたり、失くしたペンダントを見つけたり、女の子を驚かせて気を引く。なんでそんな超能力みたいなマネができるかというと、占い師(?)のコルネリウスが教えてくれたと。しかしコルネリウスというのは、精神病の隔離病棟に入っている男。コルネリウスとは何者なんだ?
ということで、コルネリウスの正体は、タイムマシンで現在に来た未来人。とある研究所に潜入していたが、そこの権威の教授と口喧嘩して未来の学術的なこととかを言い立てまくったので、頭のおかしい奴として精神病院へ。医学生に、占い紛いのことをして取り入って出してもらおうとしたのだった。
しかしその企みも失敗。観念して、未来に帰ることに。しかし未来では、過去を変えた罪で投獄されそうに。仕方なく、精神病院の部屋に戻るコルネリウスでした。
タイムトラベルの理論とかが独自のアイデアで興味深い。いろいろな国でいろんなアイデアが考えられて、やっぱり時間SFって面白いなー。